今をコツコツ在ることが、生きる、いや生かされている自分なのです。
あるがままの自分が「今、丁寧に、在る」。
そのままの自分を、そのままの自分が「知り得た」時、
これが求めていた答えだと納得しました。
有難く存じます。すべてのご縁に感謝を致します。
2008.06.27 Friday
安心感。
一言でいうと、安心感をもらいました。
信じていい人だと感じていたんですね。
死にたいという気持ちは、今でも覚えていますが、主治医が「死んだら、アカン」と言ってくれたときの瞳の深さに、死ぬ選択をはずしてくれたというか、「先生にまた逢える」という気持ちが私の中で、芽生えたんだと思います。
同時に、死ぬことを諦めたけれど、生きることを諦めなかった自分が生まれたんです。
主治医と出会って20年がたち、今振り返ると、訪問看護の仕事や執筆の仕事で、社会にでて、生きづらいとか怖いとかで逃げていたのは自分だったとわかりましたね。
大人になるのは、頭ではなく、体でいろいろな体験をしていくことだと、人とのかかわりの中で、頭も下げたり、できない自分を認めたりしていくことだと、知っていきました。
怖がって何もしようとしなかった自分にも気づきましたね。
こけて泣いて、痛い思いをしても、主治医という存在があったからこそ、大丈夫だ、自分でやってみようと思うようになったことが回復へ道でしたね。
どうしようもない子供の私を、何も言わず、辛抱強く、見守ることで、育ててくれたんだと、感謝の一言につきます。
成長を拒んでいた私を、0歳児から育てて、親子の関係って、信頼という愛が根底にあるんだよって、教えてくれたんですね。
いつも、そのままでいいよって言ってもらっていたんですよ。
このままで生きていいんだって、ありのままの自分を、自分が信じてあげることが、でき始めたんですね。
自分を信じるのが自信ですものね。
世間から外れていたり、自分が普通でないと思うことなく、このままでいいんだと思うようになりましたね。
堂々と自分の感情を抱いてもいいんだなって。
気が付くと、摂食障害を手放していたんですよ。
一言でいうと、安心感をもらいました。
信じていい人だと感じていたんですね。
死にたいという気持ちは、今でも覚えていますが、主治医が「死んだら、アカン」と言ってくれたときの瞳の深さに、死ぬ選択をはずしてくれたというか、「先生にまた逢える」という気持ちが私の中で、芽生えたんだと思います。
同時に、死ぬことを諦めたけれど、生きることを諦めなかった自分が生まれたんです。
主治医と出会って20年がたち、今振り返ると、訪問看護の仕事や執筆の仕事で、社会にでて、生きづらいとか怖いとかで逃げていたのは自分だったとわかりましたね。
大人になるのは、頭ではなく、体でいろいろな体験をしていくことだと、人とのかかわりの中で、頭も下げたり、できない自分を認めたりしていくことだと、知っていきました。
怖がって何もしようとしなかった自分にも気づきましたね。
こけて泣いて、痛い思いをしても、主治医という存在があったからこそ、大丈夫だ、自分でやってみようと思うようになったことが回復へ道でしたね。
どうしようもない子供の私を、何も言わず、辛抱強く、見守ることで、育ててくれたんだと、感謝の一言につきます。
成長を拒んでいた私を、0歳児から育てて、親子の関係って、信頼という愛が根底にあるんだよって、教えてくれたんですね。
いつも、そのままでいいよって言ってもらっていたんですよ。
このままで生きていいんだって、ありのままの自分を、自分が信じてあげることが、でき始めたんですね。
自分を信じるのが自信ですものね。
世間から外れていたり、自分が普通でないと思うことなく、このままでいいんだと思うようになりましたね。
堂々と自分の感情を抱いてもいいんだなって。
気が付くと、摂食障害を手放していたんですよ。
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プロフィール
HN:
岡本理香
年齢:
61
HP:
性別:
女性
誕生日:
1963/07/29
職業:
精神作家・正看護師
趣味:
整理整頓
自己紹介:
岡本理香
精神作家&看護師&心ざわざわ理事長
1963.7.29生、AB型
大阪出身、現在神戸六甲山に在住、有馬温泉傍
整理整頓・ジクソーパズル・捨てることが特技
田原俊彦さんのライブ鑑賞が生きがい
向日葵・マリリンモンロー・真っ赤が好き
高嶺の花を羨むより、足元の豆を拾えが口癖
精神作家&看護師&心ざわざわ理事長
1963.7.29生、AB型
大阪出身、現在神戸六甲山に在住、有馬温泉傍
整理整頓・ジクソーパズル・捨てることが特技
田原俊彦さんのライブ鑑賞が生きがい
向日葵・マリリンモンロー・真っ赤が好き
高嶺の花を羨むより、足元の豆を拾えが口癖
著書